若齢の犬で急な元気消失や呼吸状態の変化がみられるとき、胸腔内への臓器脱出(横隔膜ヘルニア)が原因となることがあります。本症例ではCT検査で胃の胸腔内脱出と肺の圧排を確認し、外科的整復を選択しました。横隔膜ヘルニアは猫でもみられるため、呼吸が苦しそう・食欲低下が続く場合は早めに動物病院で評価を受けることが大切です。
症例の概要
- 動物種:犬(パピヨン)
- 年齢:0歳9ヶ月齢
- 性別:オス(去勢済)
- 体重:3.16kg
- 主訴:一般状態悪化、呼吸状態の変化
- 実施検査:CT検査(単純+造影)、血液スクリーニング検査、凝固検査
- 診断:横隔膜ヘルニア
- 術式:横隔膜ヘルニア整復、脾臓摘出
- 担当獣医師:岩田 泰介(軟部外科部門)
来院時の様子と検査・診断の流れ
本症例は夜間に呼吸促迫と元気消失を主訴に紹介受診し、画像検査で原因精査を行いました。CT検査では胃が胸腔内へ脱出し、中等度に拡張して肺を強く圧排していました。また、左肺の虚脱と軽度の気胸がみられ、呼吸機能低下が懸念される所見でした。脾臓には造影増強の乏しい領域があり血流障害が疑われ、膵臓は不均一な造影増強と周囲脂肪の変化から浮腫/膵炎の併発にも注意が必要と判断しました。
鑑別としては、食道裂孔ヘルニア、外傷性横隔膜破裂、腹膜心膜横隔膜ヘルニアなどが挙げられます。手術に先立ち血液検査と凝固系評価を行い、周術期リスクを確認しました。
手術内容の説明
横隔膜ヘルニア整復術は、胸腔内に脱出した臓器を腹腔内へ戻し、ヘルニア孔を閉鎖して呼吸循環への負担を軽減することを目的とします。本症例では開腹下に胃・十二指腸・膵臓・脾臓の脱出を確認し、愛護的に整復しました。欠損孔は先天性の横隔膜欠損に一致する部位で、連続縫合で閉鎖しました。
整復後、脾尾部は捻転や梗塞に伴う虚血が強く疑われたため、合併症予防を目的に脾臓摘出を併用しました。さらに術後の胸腔内空気の管理のため胸腔ドレーンを留置しました。
期待できることは、肺の圧排解除に伴う呼吸状態の改善です。一方で、再拡張性肺障害(虚脱していた肺を急に膨らませた際の障害)や気胸の遷延、膵炎の発症などのリスクは残るため、術後モニタリングが重要です。
麻酔管理と術中のポイント
胸腔内臓器脱出例では、導入後も換気が不十分になりやすく、体位変換や胃拡張によって人工呼吸下でも肺が膨らみにくいことがあります。本症例では胃内ガスの減圧により換気が改善し、術中はETCO2(呼気終末二酸化炭素分圧)やSpO2を指標に呼吸状態を評価しました。覚醒時は室内気で酸素化が不十分であったため、酸素投与下でICU管理とし、胸腔ドレーンからの排気は再拡張性肺障害を避ける目的で少量ずつ行いました。
安全に最大限配慮しながら麻酔管理を行いましたが、どのような麻酔にも一定のリスクは伴います。
術後の経過と今後の注意点
術後レントゲンでは左胸腔に軽度の気胸が残存し、呼吸状態を確認しながら胸腔ドレーン管理を継続しました。入院下で酸素化と循環の評価を行い、抜糸は術後約2週で実施し、その後は術後1ヶ月前後で経過確認を予定しました。
ご家庭で注意してほしいポイント
- 退院後しばらくは安静を基本とし、興奮や激しい運動を避ける
- 呼吸数の増加、努力呼吸、咳など呼吸の変化があれば早めに受診する
- 食欲低下、嘔吐、腹痛が続く場合は膵炎等も念頭に相談する
- 創部を舐めないようにし、腫れ・滲出・出血があれば連絡する
- 投薬や食事内容は指示どおりに行い、自己判断で中断しない
- 再診(画像再検を含む)の予定を守る

同じ症状の症例を診る獣医療関係者へのメッセージ
横隔膜ヘルニアが疑われる症例では、呼吸の安定化を優先しつつ、CTで脱出臓器と肺の虚脱度、脾臓や膵臓などの合併病変を把握しておくと手術計画が立てやすくなります。虚脱肺の再拡張性肺障害を念頭に、胸腔内の減圧は段階的に行い、術後の酸素化評価(必要に応じて血液ガス)を共有すると周術期管理が円滑です。
FAQ(よくある質問)
Q1. 横隔膜ヘルニアは内科治療だけで治りますか?
A. 臓器脱出による呼吸循環への影響が大きい場合は、外科的整復が必要になることがあります。重症度は画像所見と呼吸状態で判断します。
Q2. 手術後に注意する合併症は何ですか?
A. 再拡張性肺障害、気胸の遷延、消化器症状(膵炎など)には注意が必要です。呼吸や食欲の変化があれば早めに相談してください。
Q3. 脾臓摘出をした場合、日常生活で困ることはありますか?
A. 一般的には脾臓がなくても日常生活は可能ですが、術後しばらくは体調変化の観察が重要です。長期の管理は基礎疾患や術後経過により異なります。
※通院回数や必要なお薬は、状態や術後経過によって変わります。
※本記事の内容は、当院で実際に診療した1例をもとにした一般的な説明です。診断や治療の方針は、犬や猫それぞれの状態によって異なります。