小型〜中・大型犬、全ての犬において、股関節形成不全や股関節脱臼、大腿骨頭壊死症などの股関節疾患により、後肢をかばう歩様や疼痛がみられることがあります。本症例は、保存療法のみでは跛行と疼痛のコントロールが不可能と判断し、人工股関節による股関節全置換術(Total Hip Replacement:THR)を施術したものです。歩き方に異常がみられた場合は、早めに動物病院で診断を受けることが重要です(なお、猫でも関節や脊椎の疼痛で歩様が変化することがあります)。

症例の概要
- 対象動物:ボーダー・コリー、オス(去勢済)、3歳8ヶ月齢、体重16.2kg
- 主訴:同居犬と衝突後、右側後肢の跛行、後肢を着きたがらない、運動時痛
- 診断名:両側性変形性股関節骨関節症(股関節形成不全に由来すると考えられる)を伴う右側股関節脱臼
- 実施した主な検査:整形外科的検査、血液・凝固検査、レントゲン検査、CT検査
- 実施術式:人工股関節全置換術(THR)
- 麻酔:全身麻酔+硬膜外麻酔
- 併存疾患/リスク:ASA II〜III程度を想定
- 担当獣医師名:是枝 哲彰
来院時の様子と検査・診断の流れ
初診時、患側後肢の負重を強く嫌がる重度跛行があり、股関節周囲の触診と関節可動で明確な疼痛反応を示しました。一方で食欲や意識など全身状態は保たれており、局所(股関節)由来の疼痛が強く疑われました。鑑別としては、股関節脱臼、進行した股関節形成不全に伴う変形性股関節症、(必要に応じて)脊椎疾患や膝関節疾患を念頭に置きました。
整形外科的検査では、股関節の可動域、疼痛誘発、関節の不安定性を評価し、対側にも開排・伸展で違和感が示唆されました。血液・凝固検査は、全身麻酔と骨盤・大腿骨手術に耐えうる臓器機能や貧血、出血リスクの把握を目的に実施しました。レントゲン検査で、両側の股関節形成不全と変形性変化、患側の脱臼と骨頭・寛骨臼の形態変化を確認し、保存療法のみでのQOL維持が難しいと判断して股関節全置換術(THR)と大腿骨頭切除術(FHO)を治療選択肢として提示しました。

手術内容の説明
THRは、変形した大腿骨頭と寛骨臼側を、金属とインプラントに置換し、疼痛の軽減と関節機能の再建を目指す術式です。一般的な流れは、股関節へアプローチし大腿骨頭を切除したうえで大腿骨内にステムを設置し、寛骨臼側にカップを固定して関節を再構成します。術中は可動域と安定性、脚長差の過大がないかを確認して閉創します。 期待できる点として、疼痛の大幅な軽減と歩様改善が見込まれ、日常生活動作の回復に寄与します。一方で、人工股関節の脱臼、感染、インプラントのゆるみ・破損、周囲骨折などの合併症リスクが残るため、術前に十分な説明と適応判断が必要です。

麻酔管理と術中のポイント
THRは体位固定と手術時間の延長、出血や低体温、術後疼痛が課題になりやすく、中〜大型犬では循環・換気管理の影響も大きくなります。本症例では、全身麻酔に硬膜外麻酔を併用し、侵襲と疼痛を抑えつつ麻酔薬使用量の最適化を図る方針としました。モニタリングは心電図・血圧・SpO₂・ETCO₂(呼気終末二酸化炭素分圧)・体温を軸に、保温を含む体温管理と、血圧変動に応じた輸液・循環作動薬の検討、必要に応じた換気設定調整を行います。安全に最大限配慮しながら麻酔管理を行いましたが、どのような麻酔にも一定のリスクは伴います。
術後の経過と今後の注意点
術後は入院下で疼痛管理と創部管理を行い、画像評価でインプラント位置と整復状態に大きな問題がないことを確認して退院判断としました。退院後は運動再開を段階化し、再診時に歩様と画像所見を踏まえて制限内容を調整します。
ご家庭で注意してほしいポイント
- 退院直後は安静を基本に、散歩は短時間のリード歩行から段階的に増やす
- 滑りやすい床はマット等で対策し、転倒を防ぐ
- 段差やジャンプ、急旋回や全力疾走は主治医の許可まで控える
- 体重管理を徹底し、関節への負担を増やさない
- 定期再診とレントゲンで、ゆるみや位置変化を確認する
- 跛行の急な悪化、患肢不使用、創部の腫れ・熱感・滲出、元気食欲低下があれば早めに受診する
同じ症状の症例を診る獣医療関係者へのメッセージ
後肢をかばう、立ち上がりを嫌がる、段差を避けるといったサインが続く場合、痛みの原因評価が重要です。早期には保存療法で管理できることもあるため、無理をさせず早めの受診を促してください。
診療においては重症度評価と画像所見から保存療法限界を見極め、脱臼や高度OA例ではTHRを含む外科選択肢と紹介タイミングを飼い主様と共有することが要点です。
FAQ(よくある質問)
Q1. 人工股関節はどのくらい持ちますか?
A. 長期使用を想定していますが、体重・活動量・骨の状態やインプラントのなじみ方で差が出ます。通常は一生涯機能しますが、定期的な画像チェックが重要です。
Q2. 退院後、散歩はいつから可能ですか?
A. 一般的には室内の立位や数歩から開始し、再診で評価しながら短時間のリード散歩へ移行します。開始時期と運動量は症例ごとに異なります。
Q3. 反対側の股関節も悪くなりますか?
A. 両側性の形成不全では、将来的に対側に症状が出る可能性があります。体重管理と運動設計、定期検診が負担軽減に役立ちます。
※通院回数や薬の内容は、状態や併存疾患によって変わります。
※本記事の内容は、当院で実際に診療した一例をもとにした一般的な説明です。
診断や治療の方針は、犬や猫それぞれの状態によって異なります。